2012年10月06日

イノベーション思考

教育期間中にある医大生には、膨大な量の記憶すべきこと身につけるべきことが課せられると聞いた。「膨大過ぎる」、と教えてくれたのは、大学で医大生を教える立場にあり、研究所で部門のトップでもある井ノ上逸朗さんだ。
井ノ上さんと私には共通点は少ないが、興味の範囲が重なる部分もあり、そういったことを異なる視点で話し合う友人として付き合ってきた。わずかな共通点のひとつは、カトリック教育を受けた経験があること、哲学や思想史に関心があることかと思う。
井ノ上さんの新しい著書『病気はどこで生まれるのか〜進化医学でさぐる病気のしくみ (知りたい! サイエンス) 』では、医大生が膨大過ぎる学びに追われて忘れがちな、しかし実は重要なことに、井ノ上さんが目を向けていることが新鮮に感じられた。

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そのひとつは「食」
これまで医師が書いた科学書に、「食」が書かれることは大変少なかったと思う。
医学界は権威の社会であり、従来、主婦領域にあって非権威的な食について、何かを言うことはなかった。一部の医師がグルメについて書くことはあるが、グルメもまた権威的だから、医師の立場から書きやすいのかもしれない。
医師が「食」について何か言うことがなかったのは、医師が学んできた理論や技術の対象が「病」だからで、「病」を治すのは薬や手術などの治療によるものとされ、食事療法といったことに言及する医師は、権威からやや外れた少数派だった。
ところが、患者側からすると、医師に治してほしいのは「私の病」であり、誰かの病、あるいは、病のある箇所ではない。
今回、井ノ上さんが書かれた「食」への言及には、ここのところ、最先端の研究である同時に「人全体でみる」という、病に対する姿勢を感じた。

いま私が新商品やサービスに関わるマーケターとして感じること、商品自体の進化や美しさや便利さを追いかけてきたマーケットが、人を中心においたデザイン(ユニバーサルデザインも、人間中心設計も)に確実に動いていること、と重ねて考えても、医学での「人の見方」を新しくする「食」への言及は革新的だと感じている。

ふたつめは、「人工授精」
体外受精については、倫理上の問題とされて論議する向きがあるが、井ノ上さんの論点は倫理でなくサイエンス。
通常の妊娠は、人類がヒトとなって以来ずっと、何十億個の精子が競い合い、勝利に勝った精子だけが卵子に辿りついてきたのだったが、「人工授精」では医療技術者が精子1個を選んで始まる授精であること。
この授精は、不妊治療の中では安全性かつ確実性が高いとして、よく行われているのだが、この良い方法をそのまま使い続けていていいのか?・・という疑問を持たなくていいのか?

ここには、良いと思われることを、裏側にひっくり返して検討しておかないと、将来とんでもない事態が起きるのではないか?という重大な点が提示されている。
膨大過ぎる学びに追われて忘れてはいけない、初めに問うべき問題があること、という視点を大人が(権威のある側が)みつめることこそが、いま求められるイノベーション思考だとも考えた。

井ノ上逸朗 著
ISBN-13: 978-4774153186
知りたい!サイエンスシリーズ
病気はどこで生まれるのか― 進化医学でさぐる病気のしくみ
ラベル:哲学 人間観察
posted by ラパンアジルblog at 11:49 | TrackBack(0) | イノベーション | 更新情報をチェックする