2012年11月24日

丁寧に続ける

お寺発の食イベントとして有名な「暗闇ごはん」を主催するお坊さんの青江覚峰さんが料理本『お寺ごはん』を出版した。
<お寺の暗闇のなかでお坊さんが作ったごはんをいただく>という珍しいイベント「暗闇ごはん」では、視覚を遮断した環境を作って、日常生活でスルーしがちな“食べるっていったいなんなのだ?”という問いを食べる人に考えさせている青江さん。新しい本でどんなメッセージを発信するのだろうと期待して、本を手にとった。

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『お寺ごはん』は、1頁に1レシピ、カラー写真で99のレシピを紹介する新書版。カバー折り返しに<奈良の時代から、最も長寿な職業は「お坊さん」ってご存知ですか>と高齢化社会向けのキャッチーなコピーが書かれているが、読んでみると中は、しっかりと「ほとけの心」を伝える本だった。

料理僧 料理でほとけの心を伝える!

「だし」では、
  料理の前にだしをとると、
  謙虚で穏やかな気持ちになり、
  食材(命)と向き合う準備が整う。  とある。
「みそ汁」では、
  ずっとあとになっても、飲んだ人の心に
  温かく幸せな記憶がよみがえるよう、  とある。

そして、朝起きて顔を洗い、お経をあげてだしをとる日課を毎日繰り返すことで、「続けるとわかる」ものがある、というのだ。
日々続けるものは、我を鍛えもするし、支えもするし、気づかせてもくれる、という理解をしたが、これを得るには相当に丁寧な生活の仕方が求められる、でしょう!
「続けるとわかる」を得るには「丁寧」が重要。
本の中には「丁寧」「真心」という言葉が所々に使われているが、なぜに真心を込めるかといえば、お寺の料理は「身施」だから、とも知った。
「身施」は仏教の言葉で、身体を使って施すこと。
これを一般の生活で考えれば、日々の家事を家族のために行う主婦のあり方も「身施」と考えられ、丁寧な日々の「続ける」のなかに得られるものがあるのだ、とも考えた。

青江覚峰 著
ISBN-13: 978-4799312483
出版社: ディスカヴァー・トゥエンティワン
お寺ごはん
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2012年11月15日

老舗を感じる

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浅草へ行き、並木藪の蕎麦を食べた。
観光客でにぎわう雷門前には今年2月「浅草文化観光センター」も出来た。隈研吾氏が設計した浅草の観光案内施設。見上げると、火の見櫓を思い出すのだが、展望テラスもある施設なので、間違った連想ではないかもしれない。

さて、昨年11月に新装開店した「並木藪」は、どうなっただろう?と訪れたが、新しくきれいになり、どうもなっていなかった・・

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どうもなっていなかったというのは・・どういうことか?
店が新しくなり清々している、ということはすぐわかることなのだが、以前とどう変わったのか、というのはわかりにくくて、以前の様子を思い出し比べるうちにあまり変わっていない、ということがわかってくる。そして、居心地良いと感じられる、ということなのだ。

まず、店内のテーブル席や座敷、調理場といった基本の配置が変わらない。窓の位置が同じで光の入り具合が変わらない、食器や道具も変わらない。
そして、蕎麦が変わらない。一枚目を食べ終わると、二枚目が出る、そのタイミングが変わらない。蕎麦湯がくる。二枚目を食べ終わり、蕎麦湯を飲み、隣の客の声を聞いていると、「熱い蕎麦湯をお持ちしましょう」と声がかかり、熱い蕎麦湯が出てくる。
蕎麦も、店の人たちの気配りにも変わりがない。<変わってないな〜>という安心に浸って食べられる満足を店が提供してくれている。

食べ物屋が新しくなるということは、代替りや味覚の変化への対応を含むものだが、「並木藪」ではこれまで培ってきたことのうち、何を残し、何を変化させるか、見極めたのだと思う。
新しくなっても変わらない店の建て替えに、老舗の在り方を見ることができた。


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