2012年11月15日

老舗を感じる

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浅草へ行き、並木藪の蕎麦を食べた。
観光客でにぎわう雷門前には今年2月「浅草文化観光センター」も出来た。隈研吾氏が設計した浅草の観光案内施設。見上げると、火の見櫓を思い出すのだが、展望テラスもある施設なので、間違った連想ではないかもしれない。

さて、昨年11月に新装開店した「並木藪」は、どうなっただろう?と訪れたが、新しくきれいになり、どうもなっていなかった・・

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どうもなっていなかったというのは・・どういうことか?
店が新しくなり清々している、ということはすぐわかることなのだが、以前とどう変わったのか、というのはわかりにくくて、以前の様子を思い出し比べるうちにあまり変わっていない、ということがわかってくる。そして、居心地良いと感じられる、ということなのだ。

まず、店内のテーブル席や座敷、調理場といった基本の配置が変わらない。窓の位置が同じで光の入り具合が変わらない、食器や道具も変わらない。
そして、蕎麦が変わらない。一枚目を食べ終わると、二枚目が出る、そのタイミングが変わらない。蕎麦湯がくる。二枚目を食べ終わり、蕎麦湯を飲み、隣の客の声を聞いていると、「熱い蕎麦湯をお持ちしましょう」と声がかかり、熱い蕎麦湯が出てくる。
蕎麦も、店の人たちの気配りにも変わりがない。<変わってないな〜>という安心に浸って食べられる満足を店が提供してくれている。

食べ物屋が新しくなるということは、代替りや味覚の変化への対応を含むものだが、「並木藪」ではこれまで培ってきたことのうち、何を残し、何を変化させるか、見極めたのだと思う。
新しくなっても変わらない店の建て替えに、老舗の在り方を見ることができた。


posted by ラパンアジルblog at 18:17 | TrackBack(0) | 視点 | 更新情報をチェックする

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