2013年05月02日

なんちゃって制服

制服のない高校に進学した高校生が着る、制服のようなスタイルの服を「なんちゃって制服」という。大手通販セシールにも「なんちゃって制服」の取り扱いがあり、女子ではチェックプリーツスカート、シャツ、リボン、カーディガンなどが揃う。
なぜ、なんちゃってを着るか? 「学校へ着ていく服を悩むのは面倒だから」という。
ふ〜む。

制服のある学校で、制服を着るのを嫌っていた高校生の卒業式が終わり、古い制服を処分しようとしたら、「まだ置いといて」と言われた母親。下級生にあげるのかと尋ねると、「みんなで集まる時に着る企画がある」という、曰く「卒業してから着ると、なんちゃってみたいで面白いから」という。
ふ〜ん。

制服を着るということは、<その世界の住人と認められる>と了解済みだから、その世界のルールを守っている、というアピールにもなるし、それに対して対応もしてもらえるはず。
<制服で博物館へ行けば入場料の割引は可能なはず>となっている。
着用していれば説明不用のところに、制服のラクさがある。

これを利用した制服のコスプレとなると、裏返しの心理という面白さもあるのだと思う。
<制服を着ている人のキャラを了解した上で、ウラをかく>といった面白さが・・。
さらに犯罪上、制服を使った詐欺というのも、こういう了解を利用している。
<この制服の人なら預けて大丈夫と思ったが、トンズラされ、預けたものはなくなった>などと。

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こんなことを言っている私は幼稚園から14年間を同じ制服を着用し、卒業式で「この制服を二度と着ない」ことに感激したほどだったから、制服嫌いだと思っていたのに、すり込みの方が強かったらしく、仕事用のマイ制服を作ったことがある。
バブル時代のことで、リクルートスーツも、いまの女子リクスーように<黒系テーラード+ショートなタイトスカート>に固定化される前、働く女性は高級ブランド服の着用を謳歌していた。
その頃にマイ制服を作ろうとしたのは、「気を遣わなくてもきちんと見えるには制服が便利」との考えからで、「なんちゃって制服」と同じ理屈からだった。

さて、マイ制服を作ってみると、@着用すれば整って見える、A伝統的なスタイルに準じる、B活動しやすく暑さ寒さに対応しやすい、には適ったものの、「らしさ」が欠けていた。(>_<)

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結果として、服装が自由な職場でマイ制服を作るには、たとえば「デヴィ・スカルノ」クラスの強烈な「らしさ」が必要だとわかった。
また、職場の制服には、階級を表すなにかが付与されていて、それを見ることで、ポジションがわかるようになっている。
これもないところで、「らしさ」をだそうというのだから、ハードルは高い。
逆に言えば、着用した人は誰でも「デヴィ・スカルノ」に見えるくらいのコスプレ度の高さがマイ制服には求められる、ということのようだった。

*「デヴィ・スカルノ」ファッションのキイワードは、ビビッドカラー、胸開き、フリル襟、スーツ、ハイヒール、盛り髪。

ラベル:人間観察
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2013年02月12日

アスリートな生き方

イチローが自宅でトレーニングしながら「体は、僕のすべてで僕の基本ですから」と話していた。「体がすべてで、基本」なのは誰しもだけれど、世界的アスリートであるイチローの言葉として聞くと、シンプルかつ力強い言葉として聞くことができた。

アスリートは、競技で最高の運動を行うために、体のベストコンディションを作り、保とうとする。一方では、アクシデントやケガが起きたとしても、その上でのベストコンディションを目指す。

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大変な高齢化社会に向かっている日本、アスリートのヒーローとしての面だけでなく、不具合を抱えたときにアスリートはどうするか、といった面を見る視点も大切かと思う。
人は年齢と共にどうしても不具合が多くなるが、そこで、いまあるコンディションの上でのベストコンディションを楽しむという生き方はどうだろう?
これは、我流のアスリートの生き方。


ラベル:哲学
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2013年02月01日

多様な人々

<多様な人々への理解>を考えるきっかけをくれる〜『指輪物語』〜

第二次世界大戦中に、トールキンが書き始めた『指輪物語』。
この物語は、人(種族や民族)の多様性と、そこからくる誤解や争い、世界への役割の違いという、今も変わらず人類が抱えているテーマを分かりやすく見せてくれる。

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ストーリーは、<持つ人に強大な力を与え、悪を呼び寄せる指輪>を葬る旅に出たホビットと仲間の話。
多くの種族の中から、なぜホビット族が選ばれ「指輪」を葬ることになったか?
・・それは、ホビットが楽しみ好きの享楽的な、好奇心の強い種族だから。
これに比べ「魔法使い」は、真理を追究し力を求める故に、「指輪」への執着を捨てがたい。
「指輪」は力への執着を利用し、持ち主を支配しようとするので、魔法使いは指輪の虜になりやすいが、ホビットは指輪の虜になりにくいのだ。
・・・さらに他の種族も、その種族の個性や歴史を理由に指輪への執着から逃れることができない。

様々な個性と背景を持つ種族が、「指輪」を挟んでどう向き合い、どう反目し、あるいは協力し合うか・・・こういう視点で、子どもと一緒に『ホビット 思いがけない冒険』を観ると面白い。
種族にどんな違いがあるのか、他の種族から見たらどう見えるか、等々、子どもとともに話合えたら、多様な人々への理解がきっと楽しく深まると思う。

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『ロード・オブ・ザ・リング』(The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring)2001年ニュージーランド・アメリカ合作/J・R・R・トールキン著『指輪物語』を原作とする。
『ホビット 思いがけない冒険』(The Hobbit)2012年「ロード・オブ・ザ・リング」の前章J・R・R・トールキン著『ホビットの冒険』を映画化した3部作の第1部。
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2013年01月09日

触ってわかること

触ってわかること -ユニバーサルミュージアムについて-

一般の人が「触ってわかる」という場合、手触りを指すのが普通。一方、視覚障害者が「触ってわかる」という場合のわかる範囲はより広くて深いだろう・・それは触った感触から考えたり、構築し直して考えたりするわかり方なのだと思う。
こう考えるようになったのは、ユニバーサルミュージアムの第一人者の広瀬浩二郎さんから話を聞いたのをきっかけに「ユニバーサルミュージアム」を楽しむようになったからだ。
「ユニバーサルミュージアム」では彫刻やオブジェなどいろいろな触ることができるものを展示して、触って楽しんでもらう企画を実施する。

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触ってわかるためには、「両手で静かに触る」を基本として、手のひらを使ったり、指先を使ったりして触ることだ・・目で見る場合には「パッと見てわかる」ということがあるが、触ってみるにはパッと触ってわかることは少ないので、両手で静かにゆっくり触ることになる。
一般の人が「触ってわかる」を実感するには、暗い部屋でアイマスクをして、他の人から渡された何かを触るのがいい。触っていると、だんだん形や大きさや質感や重さがわかってくる。詳しい形や構造もわかってくる。

さて、私は暗闇で手渡されたモノを触っているときに、そうか、「触ってわかる」は、石膏デッサンに近いことなのだ、と理解した。高校生時代に熱心に取り組んだデッサン・・美術室の石膏像に向かって、重心や傾きをみたり、長さや角度を測ったり・・部分を確かめ、その関係性を確かめ、時間をかけてモノを捉えようとした記憶が蘇った。

また、私は画家のデッサンが好きで・・チャンスがあれば大喜びで、ジョルジュ・スーラ、レンブラント・ファン・レイン、磯江毅のデッサンなどを見るのだが・・このような写実を極めたデッサンは写実を超えてしまい、まったくオリジナルな創造になる、ということを日頃、感じている。
丁寧に触りながら、感じたことを頭の中で構築していく「触ってわかる」過程での「想像」も、画家のデッサンのように、きっと「創造」に繋がるのだろうと感じている。

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*「触ってわかること」への理解は、ユニバーサルミュージアムの第一人者の広瀬浩二郎氏(国立民族学博物館 准教授)に教えていただいたことと、
2011年10月に国立民族学博物館で行われた公開シンポジウム「ユニバーサル・ミュージアムの理論と実践」のセッションから得たことと、
2012年3月に鳥山由子氏(日本視覚障害理科教育研究会会長・元筑波大学教授)が参加された「五感ラウンジ」のトークセッションで得たことを基礎としている。

2011/10/29-30 「ユニバーサル・ミュージアムの理論と実践」
http://www.minpaku.ac.jp/research/activity/news/rm/111029-30

2012/3/3 「五感ラウンジ」
http://www.5-lounge.com/

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2012年12月08日

効率的な学び

うろうろとした時間を過ごしていると大変効率が悪いように見えるが、一見遠回りに見える行動が、実は本質を捉える、効率のよい学びになっていることもある。
むしろ「効率的な学び」を求め過ぎると、置いてきてしまう忘れ物が多くなるのでは?と考えることがある。

12月1日、みんぱく研究者の広瀬浩二郎さんの企画ツアーに参加。前半は筑波実験植物園を見学し、地衣類研究者の大村嘉人さんのランチタイムセミナーを受け、後半は広瀬さんの「瞽女(ごぜ)文化にさわる――ユニバーサル・ミュージアムの可能性を求めて」を聞く内容だった。

筑波実験植物園でのこと、温室の入口に「さわる植物展示」が設置されていた。
「さわる植物展示」とは、植物の感触をみんなで楽しもうという企画で、触り心地の異なる植物を触って違いを楽しんだり、触り方を教わったり、手だけでなく腕で触れてみたり、顔を近づけたりと、色々なやり方で楽しめる展示だった。

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みんなが気に入っていたのは、「アサギリソウ」という柔らかく、ふわふわ、さらさらした、やさしい触り心地の草で、独特の感触が気持ちよかった。
触ってみると、細かさや密度の高さといったことも感じやすかった。また、匂いもよく感じることができた。

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目を閉じて草を触った延長で、目を閉じたまま温室の扉を開けて表に出てみると、外の空気は雨の匂いを含んでいるのがよくわかった。いつもとは違うアプローチは、いつもと違う気付きを与えてくれる。

筑波実験植物園
http://www.tbg.kahaku.go.jp/index.php

つくば市民大学
http://www.tsukuba-cu.net/
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2012年11月15日

老舗を感じる

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浅草へ行き、並木藪の蕎麦を食べた。
観光客でにぎわう雷門前には今年2月「浅草文化観光センター」も出来た。隈研吾氏が設計した浅草の観光案内施設。見上げると、火の見櫓を思い出すのだが、展望テラスもある施設なので、間違った連想ではないかもしれない。

さて、昨年11月に新装開店した「並木藪」は、どうなっただろう?と訪れたが、新しくきれいになり、どうもなっていなかった・・

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どうもなっていなかったというのは・・どういうことか?
店が新しくなり清々している、ということはすぐわかることなのだが、以前とどう変わったのか、というのはわかりにくくて、以前の様子を思い出し比べるうちにあまり変わっていない、ということがわかってくる。そして、居心地良いと感じられる、ということなのだ。

まず、店内のテーブル席や座敷、調理場といった基本の配置が変わらない。窓の位置が同じで光の入り具合が変わらない、食器や道具も変わらない。
そして、蕎麦が変わらない。一枚目を食べ終わると、二枚目が出る、そのタイミングが変わらない。蕎麦湯がくる。二枚目を食べ終わり、蕎麦湯を飲み、隣の客の声を聞いていると、「熱い蕎麦湯をお持ちしましょう」と声がかかり、熱い蕎麦湯が出てくる。
蕎麦も、店の人たちの気配りにも変わりがない。<変わってないな〜>という安心に浸って食べられる満足を店が提供してくれている。

食べ物屋が新しくなるということは、代替りや味覚の変化への対応を含むものだが、「並木藪」ではこれまで培ってきたことのうち、何を残し、何を変化させるか、見極めたのだと思う。
新しくなっても変わらない店の建て替えに、老舗の在り方を見ることができた。


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